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覚醒のじゃまをする向上心!?

今回はプラス思考のお話から始めたいと思います。

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おサイフの中の5千円の例え

プラス思考の例としてよく挙げられるのが「おサイフの中の5千円の例え」です。もともと1万円入っていた財布から5千円出ていったとき「まだ5千円もある!」とポジティブに考えられるか、あるいは「もう5千円しかない・・・」と落ち込むのか。この違いは、意外に大きいと思います。

それは人生について考えるときも同じです。今あること、いただいていることの幸せに感謝できるか。あるいは「ないこと」の不幸を悔やむのか、その違いです。朝目覚めたとき、今日も生かされていること。雨露をしのぐ住まいがあること。晴れていれば澄んだ青空に、雨が降っていれば恵みの雨に。あたり前の日常の中に感謝できることは本当にたくさんありますよね。朝目覚めてまだまどろみの中にいるとき、「今、あなたの中にある幸せ」を一つひとつ思い浮かべてみてください。感謝で一日を始めるのはとても素敵な習慣だと思います。ありがとう!の思いとともに^^

向上心の後ろにある不足感

さて「今ある幸せ」を、少し深掘ってみましょうか。たとえば「向上心」。それは、人としてもちろん大切な心構えですよね。私も若い頃、向上心は常に持ち続けていたマインドで「今日より明日はもっと良くありたい。リスペクトされる人間でありたい!」と、常に上を目指してがんばっていたように思います。会社では人事部に在籍していましたから面接官を務める機会も多くあり、その際に「向上心の有りや無しや?」は応募者の方を見極みきわめる際に重く見ていたポイントのひとつでした。

ところが、人生も半ばを過ぎたとき、フト気がついたことがあります。それは、向上心の後ろにある「不足感」でした。自分のことを振り返ってみると、まだギラギラして上を目指していた頃、向上心の後ろには「まだまだこんな自分ではダメだから、もっと努力して立派な人間にならないと!」という、自己否定とともに根深い「不足感」があったように思います。それに気づいたのは、晩年になって「覚醒」というテーマに向き合うようになったからかもしれません。

もちろん、向上心が大切な美徳であるという考えに変わりはありません。特に、若い世代の方々にとって向上心はとても大事なマインドだと思います。人間が、この現象の世界を選んで生を受けたこと、そこには宇宙の深淵な配慮があることだと私は考えています。それを踏まえても、若い世代には、向上心をもって日々努力し、少しは辛いことも経験して、物理次元の坩堝るつぼの中でまれ人間ライフを存分に、十分に味わい尽くすこと。それは将来覚醒を目指すときにも尊い意味のある経験だと信じています。

しかし、たとえばアラフォーが見えてきて1十分がんばってきた自分を見つめ直したとき。ちょっとひと息ついて、このあたりで魂の安らぎもほしいなぁとフト思ったとき。そんなときは、向上心というマインドに向き合う良いチャンスなのかもしれません。これまで、それを美徳と信じて疑うことのなかった向上心というマインド。しかし、その後ろには「まだまだダメだ!」「がんばりが足りない!」という不足感があることは、やはりいなめませんものね。

覚醒のとなりにもある不足感

人間の願望を見たときにも、その後ろには、往々にして不足感というマインドがあることに気づきます。私の別ブログ『成功と幸せの森』を書いているときも、願望実現のためのビジュアライゼーションのカベになる要因として、根深い不足感があることに気がつきます。それは、実は覚醒というテーマを考えるときも同じです。「覚醒のためには、私にはまだ~が足りない」「不足している~を埋めるためには、私は何をすべきなのだろう?」という思考のパターンです。

とは言え、偉そうなことを書いている私自身にも、まだまだ十分でないところ、完璧でないところは多々あります(開き直ってるなぁ^^ゞ)。まだまだ人として成長の余地があるところ。それについては、けっして向上心を捨てて諦めたというわけではありません。

ただ、カッコ良く言えば「人としての成長の余地」、別の言い方をすれば「不十分な自分」は、ある意味「今ある幸せ」と言えなくもありません。完璧ではないけれど、それでも丸ごと愛すべき自分。完璧でないところも「それに気づき、認め、受け入れる」。それを、もし「欠点」としてネガティブに捉えているマインドがあるのであれば、そうしたネガティブなマインドは静かに、そっと「手放す」。私の自分との向き合い方はそんな感じです。

日常、常にマインドの上空を流れていく「自動思考」。それをぼんやりと眺めながら、もし手放した方がよいネガティブが流れてきたら、「気づき、認め、受け入れ、手放す」。それだけです。ネガティブ(ネガティビティ)と正面から向き合って格闘することはもうありません。軽やかに手放すよう心がけています。

今ある幸せに心静かに感謝する

少し立ち止まって、今ある幸せに心静かに感謝する。それだけで、私たちの波動や周波数はずいぶんと軽くなっていくように感じます。それは、また一歩、覚醒の扉に近づくことでもあります。


  1. アラフォーが見えてきて:アラフォーという年齢に、特段深い意味はありません。アラフィフでもアラ還でも(アラ古希でもアラ傘でも・・・キリがないのでやめます^^;)かまわないのですが、アラフォーは、そろそろ立ち止まって覚醒とかを考えるど真ん中の年代なのでは?と思った次第です。しかし、アラサーで向上心を手放すのは少し早い気もするなぁ、人それぞれですが^^ ↩︎
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