覚醒マニュアルは『覚醒の扉』として新しくなりました! 詳しくはこちら

覚醒の扉への道(1)|覚醒とは?

目次

覚醒とは?

“覚醒”とは? それが「精神的な目覚め」を指す場合には『より高い意識レベルに到達することでいわゆる「悟り」に近い状態になり、心の平安を得、煩悩ぼんのう執着しゅうちゃくから解放され、幸福感、至福感で満たされた意識状態に至ること』と、ひとまず定義します。「ひとまず定義する」と書いたのは、覚醒とか、後述する覚醒体験といった意識状態が、到底短い言葉や文章で表現し尽くすことができない膨大な情報量の概念だからです。しかし「概ねそんな感じ」で、外れてはいないと思います。

覚醒状態に至ると、人間が本来持つ潜在的な能力が開花し、直観力、インスピレーションが高まり、加えて、予知能力、テレパシー、透視能力など、五感を超えた第六感的な能力が開花することもありますが、いわゆるサイキックや霊能とは一線を画します。

また、精神世界界隈かいわい1では「目を覚ます」という表現は「スピリチュアルアセンション」と同義語ではないものの、ほぼ同じような文脈で使われることが多いように思います。しかし順番としては、覚醒した後にスピリチュアルアセンションが訪れるという順番だと思います。これは私の解釈です。

また、同様に、覚醒の対義語として「眠って生きる」とか「眠った生き方」とかいう表現が使われているように思います。しかし、覚醒も眠った生き方も、当然のことながら両者に優劣はありません。両者は、単に「魂の、深いレベルでの選択の問題」だと理解しています。もし、両者に優劣をつけ、覚醒を選択することで、いわゆる眠った生き方を見下すような思いがわいてくるとすれば、逆に覚醒から遠くなってしまうのでは?と私は考えています。「眠った生き方」でより多くの、より深い学びを得ようとする魂は、それはそれで尊い道だと、私はリスペクトしています。

覚醒体験

「真の覚醒状態」に至ると、私という、個という概念がなくなり、自他という感覚が失われ、無限の広がりの中で肉体の境界がなくなって、宇宙、全体との究極の一体感を感じる状態になり、言葉では到底言い表せないほどの例えようのない至福感に満たされ、この上ない喜びを感じます。このような状態は「覚醒体験」と呼ばれ、深い瞑想状態に入ったときに経験することが多いものの、いろいろな体験談を見聞きすると、必ずしも瞑想中でなくでも「覚醒体験」を経験している人が多くおられ、実に興味をそそられます。それらについても、今後、このブログの中で、レファレンスを明示した上でご紹介していきたいと思います。

しかし「覚醒体験」は、日常の意識状態とは明らかに異なる異次元の体験ですから、もし予備知識なく初めて経験する場合には、パニックというのは言い過ぎにしても、それは高揚と動揺とが入り混じったような特異な経験なのかもしれません。逆に、その体験のあまりの心地良さや至福感に、もう重たい現実には戻りたくないと感じるケースもあるようです。

覚醒者の日常

ところで、覚醒者とひと括りに言ってもいろいろなタイプの方がいらっしゃるはずです。しかし、寺院や山奥にこもって修行を深めている方々は別として、一般的には、覚醒者の多くは日常生活と並行しながら、別の言い方をすれば、家族も含め、覚醒とは無縁の生活を送っている多くの人々の中で、社会の中で、普通に?覚醒ライフを送っている人が一般的だと思われます。覚醒者同士では、互いにそれに気づくことが多いのですが、それを公言することはあまりないように思います。覚醒しているからといって、別に偉いわけでも、特別なわけでもありません。

しかし、覚醒者は、ばくとしたものであれ、日常、幸福感や静かなやすらぎの中で、悩みや不安、心配や後悔、怒りや怖れ・・・といったネガティブな感情からは自由になっているはずです。ただ、そうしたネガティブな感情がまったく出ないという人もおられるのだと思いますが、私の場合は、否定的な思いや感情から100%解放され、そうした思いがまったく出てこないということはありません。しかし、そうした思いは日常わいてくるのですが、ただ、そこにとどまる時間は、以前と比べて格段に短くなっています。

以前であれば、それこそネガティビティの中に自らどっぷりと浸かり、いつまでもそこから抜け出せずに、重たい気持ちで長い間苦しんでいたものが、そうした重たさや苦しみからは解放されています。「この物理次元、現象の世界の現実は自分自身が創っている。創造しているという宇宙の普遍的な法則」に立てば、人生の主導権は自分自身の手の内にあるわけですから、軽やかに、楽しく、自由に三次元を謳歌おうかするという生き方が現実のものになるわけです。そうした喜びの中で生きる世界を、大勢の皆さんとともに共有できればどんなに幸せなことでしょう! そうした人の数が一定数を超えることで、社会としての、集団としての「スピリチュアルアセンション」が成就するのだと、私は理解しています

覚醒ライフはお花畑!?

前述のような世界観を披露すると「そんなお花畑のような話は現実逃避だ!」とか「非現実的な夢物語だ!」と揶揄やゆされることもあります。そうです、その通り!なのです。まさしく、この現象世界は、ある意味「夢物語」なのです。私たちが日々体験している物理次元は「仮想現実」「マトリックス」「幻」(並べたなぁ^^;)なのです! だとしたら、辛くて苦しい夢よりも、軽やかで幸せな夢の方が楽しくありませんか!? 私は、最早、迷わず後者を選びます。しかし、それは上の方でも書きましたが、個々の魂の選択の問題で、優劣をつけるべきことではありません。

このサイトでは、今後も「お花畑」「覚醒の扉」にご案内できるようなヒントを、作者自身も楽しみながらアップしてまいります。どうぞお楽しみに!!


  1. 界隈(かいわい)とは?:インターネットなどで昨今よく見かけるようになった界隈という言葉は、特定の固有名詞を前に置くことによって、主に若者たちのゆるいグルーピングを示す表現として使われる。 ↩︎
目次